中心の意識

私たちには中心がある。

体には重さがあるので、必ず重心というものがある。

そこは一点で支えることができる点なのだが、点なので本来は大きさなどない。

面には大きさがあるが、点にはないのだ。でもそこには確かに何かがある。その何かを表現などできない。「在る」としか言えないものなのだ。

この何かが「在る」ということを身体をもって理解していくことが人生でやるべきことと言える。

単に重さの話ではなく、思考や感情といった目に見えないものにも当てはまる。そして人間関係においてもそれはある。

中心はとても捉えずらいものだが、そこに行って初めて理解できることがある。


自分の中心に繋がることは何よりも大事だ。

何かを考えるにしろ、何かをするにしろ、自分の中心を捉えられないなら、物事の本質は掴めない。

他者の気持ちを理解する前に、自分の中心を捉える必要がある。

自分の中心は、自分であって自分ではない。そう、「在る」としか言えないものだ。

その「在る」ものを身体を通して、思考を介して理解していく。

この世界に存在するあらゆる物事は、この「在る」ものを理解するために存在している。

「在る」ものは、「空」と言っていいものだし、「神」とも言える。

それは形のないものだが、それを理解して生きるのと、無視して生きるのとでは人生が全く異なるものになる。


人間の幸福とは何か、豊かさとは何か、それらは自分にしか答えを出すことはできない。他人から教えられたものは大したものではない。

自分の中心から来る幸福や豊かさといったものこそ本当に望んでいることではないだろうか。

そのためには自分が中心からどれだけズレているかを自覚する必要がある。

ズレがあるほど苦しさや痛みを感じる。人間の苦しみとはどのようなカテゴリーでも、このズレから来るものなのだ。

「ありのままに生きる」とは、このズレを修正していきながら、中心を捉えた自分で生きることなのだ。





アイムコーチング

苫米地式コーチング認定コーチである笠原一星が、苫米地式コーチングを提供しているサイトです。コーチングによって新しい自分に生まれ変わるお手伝いを致します。